春一番

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 このところ音楽にも読書にも「!」という経験がどうも少なくて、というより、聴いたり読んだりすることから離れていただけなのだけど。なんていうのかなぁ、こう、心や体に「入っ」てこないんだよなぁ。「染み」てこないんだよ。これじゃあもう音楽鑑賞が趣味です、なんて言えなくなってきたかも、なんて思いつつ、今年手に入れた(3ヶ月でたった9枚)CDを聴くともなしに聴いていた。

 ん、結構いいじゃん。と思わせたのが高橋優の『Break My Silence』(2013)だったりする。さして期待してなかった分、聴いたら「効い」た。なんだそりゃ。この調子で相対性理論の『Town Age』も聴いてみよ。やくしまるえつこの声に浸りたいんだ。

 と同時期に読んでいた、浅田次郎の『一路』にもハマってしまっている。只今下巻突入である。

 思い返せば、昨年薦められて借りた百田尚樹の『海賊とよばれた男』は結局手に取らず、そのまま返したし、こちらは読んだ桜木紫乃の『ホテル・ローヤル』と『起終点駅(ターミナル)』はつまらなかったし、くだんの浅田次郎にもなかなか手が伸びなかったのだけど、えいやって思ってページをめくってしばらくしたら、あらら、おもしれー!

 この『一路』はまず表紙絵に惹かれた。どこかで見たパターンだなぁ。あ、あれだ。三浦しをんの『風が強く吹いている』のそれにそっくりだ。「装画 山口晃」とある。調べてみたら、ビンゴ。

 『一路』は簡単に言っちまえば、幕末に参勤交代で中山道を江戸へと向かうストーリーである。なんだか内容まで箱根駅伝をクライマックスにもってきた『風が強く~』に似てないかい。もちろん作者が違うから味わいは異なる。『一路』にはあちらこちらにユーモアや馬鹿馬鹿しさが散りばめられているのだ。その意味で同じ浅田の『プリズン・ホテル』シリーズに通じる。

 まあともかく、音楽にも本にも春一番が吹いたのかもね。めでたし、めでたし。

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この半年読んだもの

◎ヴェリー・グッド

・三浦しをん 『風が強く吹いている』
・万城目学  『鹿男あをによし』


○グッド

・三浦しをん 『仏果を得ず』
・ 〃    『星間商事株式会社社史編纂室』
・ 〃    『まほろ駅前多田便利軒』


□まあまあ

・白石一文  『ほかならぬ人へ』
・万城目学  『鴨川ホルモー』
・折原 一  『逃亡者』
・吉田篤弘  『百鼠』
・平野啓一郎 『決壊』
・村上春樹  『1Q84』2
・手塚治虫  『シュマリ』
・東野圭吾  『聖女の救済』
・津原泰水  『少年トレチア』
・三浦しをん 『三四郎はそれから門を出た』
・宮沢章夫  『考える水、その他の石』


△期待外れ

・三崎亜記  『コロヨシ!!』
・和田 竜  『小太郎の左腕』
・西加奈子  『さくら』
・東野圭吾  『流星の絆』
・室積 光  『ドスコイ警備保障』


▲読まなきゃよかった

・恩田 陸  『ブラザー・サン、シスター・ムーン』


☆早く読みたい

・万城目学  『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』
・浅田次郎  『ハッピー・リタイアメント』

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父娘

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 三浦しをんのエッセーは、どれもが自分や友人、家族、あるいは日常のあれやこれやをすくっているだけだと思われる(まだ二冊しか読んでない)が、お茶目で、痛快で、自虐的で、際限がない。気がつけばするりと入り込んでいる妄想シーンは宇宙戦艦ヤマトの波動砲をもってしても止められないだろう。切り込みや着眼は自分のそれにひたすら忠実で、ペンは一見だらしなく運ばれる。それらがすべて心地よい。

 『人生劇場』に出てくる、戦後間もない頃じいちゃんがどこぞから持ってきたたくさんのコンドームの一つだけがべろーんと伸びたままになってた顛末云々の、茶をずずと啜りながら進むばあちゃんの回想、を含むしをんとの下ネタ談議なんか秀逸だ。

 『しをんのしおり』に登場する「高倉健の日常」は、健さんの起床シーンから始まるのだが、これでもか、これでもかと、微に入り細に入りどんどん進んでいく。勿論これは全部彼女の妄想なのだけど、あまりにも「らしく」て空いた口が塞がらない。膨らみ続けるこの妄想は誰にも止められないよなぁ。ていうか止めてほしくない。彼女が言うように、朝の入浴の描写なんかも続けてほしかった。

 かと思えば、こんなスケッチも彼女はする。


 最近ちょっと情緒不安定で、井の頭線に乗っている父娘の姿を見ただけで、なんだか涙があふれてきたりする。
 女の子の背丈はまだお父さんの腰ぐらいまでしかなくて、身じろぎもせずに父親にぺったりとくっついてドア付近に立っている。父親は小さな娘の肩に優しく手を乗せていて、たまに頭を撫でてあげたりする。彼女の髪の毛がこごっていることに気がついて、父親は指先でそっとほどく。女の子はその間も黙ったままで、すごくおとなしく安心しきって父親に抱きついている。彼女は電車の中でもう本当に自分の父親だけがすべてなんだなあ、と思ったら、ちょびっと泣けてきてしまったのだ。……後略……

━━『しをんのしおり』から「二度目の青い果実」より抜粋


 バレちまったよ。普段は無意識の中に閉じ込められていたはずの私の弱点、というかツボ。忘れかけていた私の急所。突然ほじくり返しやがって。押しやがって。一体なんなんだよぉ、三浦しをん。

 しをん御本人が云々に関係なく、この一節は私の琴線に触れ、うろたえさせ、大晦日最後の私の涙腺を緩ませてしまったのである。

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BOOKS 2009年

 いつぞや白状したように、今年読んだ本で思い切りぶん殴られたものは無い。まぁ次に期待しよ。出会いは必ず訪れるものだ。それも突然。いつだって。

 と言いつつ、ここに来ていくつか収穫と呼べそうなブツが現れたぞ。あらら。万城目学、三浦しをん、朔立木あたりの作品だ。特に万城目と三浦は読書好きの人から借りて読み、ハマってしまった。

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・ 万城目学  『プリンセス・トヨトミ』

 これを馬鹿馬鹿しいと一言で片付けていいものか。いいわけないよなぁ。物語の着想、というか、発想の桁が並外れている。秀吉の正室ねねの時代からハイテクを駆使した現在の日本までというスケール。どいつもこいつも立ちまくった登場人物達のキャラ。なんなんだこいつらのギャップの大きさは。ミスマッチさは。真面目であり、滑稽であり、悲愴ですらある。どこもかしこもでこぼこ。和田竜の『のぼうの城』をちょっと連想させる。ああ、堪んねぇ。

 代々伝えられたある使命を忠実に果たすべく、ある日黙々と大阪城を目指す120万人以上の大阪の男達。120万て…。東京から派遣された会計検査官の松平がその120万人と対峙する場面。一体なんなんだこれは。うう、堪んねぇ。

 確執のあった父が近づく死を悟ったとき、息子である松平に託そうとしたであろうもの。それに松平が気づいたことを仄めかすシーンこそ、このストーリー最大の肝なんじゃないかな。どうだろう。


 この物語に出てくる「空堀商店街」は実在すると、ぼくがきみにこの本を返したとき、きみは教えてくれた。だから行ってみたいと、きみは続けて言った。じゃあ一緒に行こうかと、ぼくは笑いながら言った。


 <その他印象に残った本>
・ 三浦しをん  『光』
・  〃     『人生激場』
・ 天童荒太  『悼む人』
・ 朔立木  『暗闇のヒミコと』
・ 小池真理子  『午後の音楽』
・ 桐野夏生  『天使に見捨てられた夜』
・ 香納諒一  『幻の女』
・ 伊集院静  『羊の目』
・ 白石一文(監修)  『この世のすべてを敵にして』


 <今読んでいる本>
・ 北川歩実  『金のゆりかご』


 <これから読むだろう本>
・ 和田竜  『小太郎の左腕』
・ 浅田次郎  『ハッピー・リタイアメント』
・ 白石一文  『ほかならぬ人へ』
・ 宮沢章夫  『時間のかかる読書』

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09年の収穫・前口上

 10月もわずか。今年の夏もいつの間にやら過ぎ、ずっぽりと秋だ。夏場は「明日の予想最高気温」を見てはTV画面に向かって怒鳴り散らすのが好きな私には、ちょっと物足りない季節でもある。

 秋か。昨年に遡るこの秋冬春夏秋という一巡りは誰がなんと言おうと激動そのものだった。近しい人との別れや出会いがいくつ続いたか。昨年9月に肉親の一人と、今年の4月に小さい頃から私を可愛がってくれた叔母と、それぞれ永遠の別れを告げた。それと並行して今年はじめの冬が終わろうかという頃、出会い(というより再会)があり、そのまま初春から真夏を駆け抜けた。が、それも秋風が吹く頃にはさよならだ。かと思えば、次の出会いがもう始まっている。気がつけばわざわざ出張先で落ち合い、今また来月のランデヴーを心待ちにしてたりする。まったくなんという1年だ。そして、なんという男なんだろう私は。

 来年のことまで言うなら、次の桜が咲き始める頃、私は私の「故郷」と別れることが決まっている。故郷のシンボルであるはずの人との別れ。帰るべき居場所の消滅。甘えてんじゃねえよいい歳して、てな内なる声は聞こえる。確かに聞こえるんだけどね…。

 とまぁそんな訳で、今年2009年は音楽や本になかなか関心の矛先が向かわなかった、ということになるのかな。そうなのだ。今年の収穫はMUSIC、BOOKSともども大して見当たらないのだ。音楽なら、松たか子とサンボマスターが日本勢、洋楽からはカエターノ・ヴェローゾとジェーン・バーキン。そんなもん。本は適度に読んでいた。村上春樹の新刊だって知り合いから借りてBOOK1を読むには読んだ。他にも手にした本はいくつもある。手当たり次第。しかしなぁ、これといって殴られたブツがないんだよなぁ。そういえば、映画を1本見たなこの夏。『劔岳・点の記』。っても、面白くはなかった。というか、期待したほど心揺さぶられることはなかった。真保裕一の『灰色の北壁』(こちらは小説)が広げてみせたヒトの愛すべきだらしなさと孤高さとはえらい違う。違いすぎる。救いは香川照之の演技とスクリーン一杯に広がる山や原野の美しさかな。が、そもそも私の意識の大半は映画とは別のところに向けられていたんだそのときは。多分。

 だもんで、例年やってる「順位づけ」なんかできたもんじゃない。アップしないかもしれない。だったらなんで「前口上」なんて言うのだ阿呆、なんて突っ込まんといて。アップ「しないかもしれない」、とは「するかもしれない」と同義であるのだ。かか。まぁ風の向くまま。気の向くまま。

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BOOKS 2008年の収穫・上

 しっかし、くどいんだよな書き方が。表現が。もっと削れるだろがここもあそこも。そもそも内容が支離滅裂だ。言葉遣いも明らかにおかしいぞ。間違いだらけじゃないか。ついでに、体言止め多すぎっ。
 でもまぁ、久しぶりのエントリーちゅうことで…。許してっ。


 <BEST1~4>

1 飯嶋和一  『出星前夜』

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 『神無月~』にしろ、『始祖鳥記』にしろ、あまり焦点を当てられていない史実や人物をすくい取ってきた飯嶋が島原の乱という有名故実を取り上げていることにちょいと面食らった。前作『黄金旅風』の主人公、長崎代官末次平左衛門が顔を出すところを見ると、その前作や取材を通して自身何かに触発されたのかな。元来「市井の人々対権力体制」という構図および市井側から描写するスタイルから鑑みて、実は本作こそが本流で、『黄金~』は支流だったのかもしれない。幹のない枝はありえない。

 それにしても、この広く知られる歴史上の騒乱を一体全体どういう切り口で描くのか。

 島原藩主松倉勝家の限度を超えた苛政に対し我慢を幾重にも背負った甚右衛門こと鬼塚監物がようやく堪忍袋の緒を切るまでが第一部、領民の蜂起と終焉までが第ニ部という構成である。にしてもだ、その緒を切るあたりの描写は分かりにくい。ゼウスの教え、キリシタンの宗教心に絡めた神秘性や荘厳さに包んでしまっていて、ちょっとした違和感を覚える。この物語唯一の不満がそこにある。

 島原の乱が単なるキリシタンの反乱ではなく、西国大名に対する締め付けや改易等、固めつつある徳川の幕藩体制そのものに原因を求める構図は分かりやすい。板倉重昌や松平信綱といった幕府上使の下知になかなか従わない、指揮系統が乱れる討伐軍の無様な敗退ぶりが細緻かつ生々しく描写された第ニ部は読み応え十分である。

 外崎恵舟なる長崎の町医者や、大蜂起の突端を担った中心人物寿安がその恵舟との縁から彼の助手になり命の尊さを学びながら「救」われていく姿など、乱を取り巻く脇役の一挙一動が粒選りでいい味出している。土壇場でとった寿安の"意外"な行動は彼の「生きる」前向きさを象徴するシーンとして、この悲惨な物語を最後に「救」っている。


2 乙川優三郎  『喜知次』

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 身分を越えた三人の友情や義理の妹への恋心という二本の太い線。そこに、青春時代からオトナへ進もうとも変わらぬ藩再建に対する小太郎の熱い思いが綴られていく。強烈に跳ね返してくる世の常に抗い、抗い、また抗う。

 花哉(かや)という名のもらわれてきた妹との淡い心の繋げ合い。小太郎にたった一度頼んだ川原の丸い小石2つを、花哉はこしらえた2つの布袋に入れ、にっこり笑いながらその一つを小太郎に渡す。お守りだといって。ここで作者は大きな伏線を張っている。なんだか大河ドラマで見た幼い篤姫と尚五郎(後の小松帯刀)のやりとりを思い出させた。

 小太郎は、派閥抗争に明け暮れ下々のことを忘れる藩の在り様に反発を覚え、執政を目指すのだが…。

 ようやく藩が落ち着き出した物語終盤、唐突に言い渡される遠い西国への「転封」。花哉との別れ。やがて知らされる小太郎、花哉、両親、この三者の本当の家族関係。時は、しかしどんどん流れていく。止めようはない。20年以上も経っただろうか。故郷に一時帰国した小太郎を待っていたのは…。手にしたのは…。まったくやってくれるぜ乙川優三郎ワールド。予定調和なんてないんだねいつだって。なんて切なく、いじらしく、美しく、香り立つエンディングを用意するんだ。ここからまた歩いていくのか。

 「喜知次(きちじ)」とはある魚のニックネームであり、小太郎が幼い頃の花哉につけたもの。作者がなぜこれを本書のタイトルに使ったのか。それに気づいた瞬間…、くそっ、込み上げてきちまったじゃないか。

 後戻りのきかない無常観に胸塞がれながらも、人の強さにそっと包まれる一品とはこういうものを指す。


3 浅田次郎  『中原の虹』

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 これは昨年1月に読んだかな。もう忘れたぞ細かな内容。確か『蒼穹の昴』の"続編"として描かれていたような…。ちゃんとメモしとけよつかけん。

 張作霖といえば、ああ満州鉄道で爆殺された人だね、程度な認識しか私は持っていなかった。この作品では、清朝終焉期にあってその名を地元満州はおろか、中国全土?に轟かせる大親分として描かれている。縦横無尽に荒野を駆け巡り、戦い、名だたる政財界や軍の強者どもと渡り合うその姿は全満州人の英雄である。ジャック・スパロウである。織田信長である。平将門である。

 とにもかくにも浅田次郎のパワーは計り知れない。『蒼穹の昴』で見せた渾身のペン先は全く乾くことなく、新しいインクをほとばしらせた。緻密かつがっしりした骨組の上に乗りながら、大風のようにこの作品を走らせている。わくわく感を最後まで保たせる、これこそ至高の娯楽作品と呼ぶにふさわしい。


4 和田竜  『のぼうの城』

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 最新作『忍びの国』は肩透かしだった。それもこれも『のぼうの城』の魅力にすっかり参ってしまい、次作に期待しすぎたせいだろう。

 このデビュー作は最初ちょろちょろ、中ぱっぱ…。違うぞ。序盤はかったるいが、中盤、でく「のぼう様」と呼ばれる成田家城代の息子、長親が何万という軍勢を従えた石田三成との一戦を決意するくだりから終盤まで一気読み。現在の埼玉県行田にあたる水郷地帯に立つ森の様相を呈する忍城(おしじょう)を舞台に、秀吉の小田原攻めの一環、各地の支城落としのやりとりが手に取るように伝わってくる。百姓からも「のぼう様」と言われ、愛されるこの愚昧な武将が「開城やむなし」を翻し、総大将にならざるを得ない理由が単純であり、誇り高い。なにを考えているのか分からない風貌やのろまでぐずで"弱虫"な一挙一動との落差がすごい。三成の水攻めによって広く深く貯まった水上に一人舟を漕ぎ出すくだりは圧巻である。三成軍に敗れなかったおよそ凡人には一見想定外で虚を突く行動を起こすこの「のぼう」が真の「名将」なのでは、と家臣達や三成は次第に気付くが、本人は無頓着このうえない。百姓や領民を尋常でない本気さで愛するという一点で行動する彼は、かつて描かれたことのない武将像である。

 ことごとく落とされた小田原北条家の支城にあってただ一つ落とされなかった城として忍城は記録にも残されている。現在、城は一部?再建されたが、周りにあった川や沼や湖は埋め立てられ水城という当時の名残をとどめていない。三成が秀吉を真似て作った石田堤(水攻めで忍城を落とすのに作られたおよそ28Kmにも及ぶ史上最大のもの)の一部はさすがに残っているらしいが。

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BOOKS 2008年の収穫・下

 一昨年出会った『かずら野』をきっかけとして、乙川ワールドにハマった1年だったように思う。っても、私の好きな長編物をさほど多く手がけてはいないんだね彼。結局、短編集ばかりが残ってしまった。手つかず。どうしよ。ちょっち苦手。


 <BEST5~8>

5 乙川優三郎  『霧の橋』

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 不運が不運を呼びこみ、侍の身分を捨てて故郷一関を追われる。野垂れ死に寸前にひょんなことから紅商人の跡取りになるも、どこかで侍を捨て切れないもどかしさ。そんな主人公惣兵衛を待っているのは運命のいたずらとしか呼びようのないあれやこれや。

 今で言う化粧具コンパクトを発明し、それが爆発的に売れるくだりにワクワクさせられるエンターテインメント性とある種「産み」の苦しみに貫かれる葛藤の重さ。それらがバランスよく配されていてぐいぐい読まされてしまう。

 苦労にもまれながら、やがて商いが軌道に乗り、いっぱしの商人になったかと思わせた終盤、突如「忘れて」いたはずの仇に出会ってしまい、「捨てて」いたはずの侍心を取り戻してしまう惣兵衛は…。

 人が「救わ」れるとはどういうことなのか。その一つの形を教えてくれる作品である。じんわりと心の襞に染み込んでくる種々様々な感情の帯が美しい。筆に品があるからこそ。


6 乙川優三郎  『冬の標(しるべ)』

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 明世という名の主人公は絵を描くことを生涯の夢に持つ。少女として、嫁として、妻として、母として世間に馴れることを強いられてきたが、20年目に限界は来た。それは同じ師を仰ぐ将来を誓った男との死に別れだったかもしれないし、幕末の激動期を越えてその先を進もうとする息子の姿だったかもしれない。画家というわが道をゆくにはあまりにも枷が多すぎた時代の一人の女性がそこにはいる。その遮二無二歩く姿が時代を飛び越えて迫ってくる。大河ドラマを駆け抜けた天璋院もよかったけど、こういう女性の生き方も遜色がない。

 情に流さず、凛とし、読後は清らかさに満たされる、これも乙川優三郎の色か。


7 恩田 陸  『エンド・ゲーム 常野物語』

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 「裏返す」、「裏返る」、「洗濯する」、「洗濯される」…。まるでオセロゲームのように超次元レベルで人間がこっちとあっちの世界を行ったり帰ったり。幼い頃のトラウマ。「洗濯屋」などという名称に代表される超能力を持ったフツウの人達。

 私達の日常の隙間に口を空けている異次元という非日常。今という世界は本当の日常なのだろうか。それとも向こう側こそが?

 シンプルなことばによって引き込む恩田ミステリー・ワールドの真骨頂。


8 真保裕一  『追伸』

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 祖父母や親のことを孫や子である私はどれだけ知っているのだろう。その時代に必ずあったはずの物語、ストーリーを。それを彼らは語らないから、という理由だけでこの問い掛けに対する答えの中味をさも当然だとうそぶいて生きてきたのだけど私は。…これからはどうなんだろう。

 それはともかく、手紙のやりとりだけで構成される使い古されたスタイルは、しかしこの作品に関してはなかなか効果的である。ただ、最後がさらりとしていてちょいと肩透かし。そこにたどり着くまでがあまりにも重厚だっただけに、どんな結末でこの作品は終わるのだろうと満を持して待っていたのだよ私は。

 ところで、手紙ね。10年ほど前にハマっていたパソ通に似ていなくもない。そのやりとりの濃密さったらなかった。もうああいう濃いコミュニケーションって成立しないんだろうかこれからは。いや、するはずだ…という声も上がるのだけど自分の中で。が、どういう場がそうなるのかまだ見えない。今や百花繚乱に過ぎたブログはどうなんだろう。はたまたSNSは。

 PS:真保裕一ならもう一つ、『最愛』も読んだ。もしかして著者には珍しいタイプの小説かな。姉弟間のいわゆる近親恋愛から目を背けず、真摯に向き合っている。いいぞ。新境地開拓だ。だがしかし、もったいない。って、主人公に感想を語らせ、説明させちゃダメだよ。読者を差し置いて。

 <次点>
・乙川優三郎  『蔓の端々(つるのはしばし)』
・白石一文  『心に龍をちりばめて』
・浅田次郎  『珍妃の井戸』

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BOOKS 2007年の収穫・下

 <BEST6~10>

6 白石一文  『永遠のとなり』

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 「生きるとはなんぞや」というのはもはや白石作品に欠かせない唯一にして不朽のテーマなんだな、と思わさせた。そうかい、そうかい。そこまでこだわるんかい。よーし、わかった。それならとことん付き合ってやろうじゃないか。と私を参らせるのだった。

 本作は、うつ病に向き合う主人公&癌とつき合うその幼馴染、の二人を軸にストーリーがゆるゆると流れていく。それにしても肩の力を抜いたこのゆったり加減はどうだ。劇的な展開なぞひとつもなく、日常の出来事が淡々と語られ、綴られていく。この作品を読みながら、主人公に合わせてゆっくり歩いている錯覚に襲われる。

 …と書きながら今手に取っているのは、『心に龍をちりばめて』だ。衝撃以外の何物でもなかったデビュー作『一瞬の光』に通ずる云々と聞いた。ホントか。ホントにそうなのか。でもあまり期待しないで読もう。って、あれを超える作品は二度と出ない気がする。


7 仁木英之  『僕僕先生』

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 これはファンタジーだ。美少女仙人といわゆるニートな若者の冒険の。作品中の会話が今風であり、サクサク読める。

 唐代?中国が舞台。王弁というだらだらと毎日を過ごす若者が、元少女?だった仙人との出会いと旅によって前向きに、というか、例えば『千と千尋の神隠し』の千尋が徐々にそうなっていったように、変わっていくストーリーと言ってしまおう。

 ニンゲン社会にはもうそろそろ仙人に代表されるような摩訶不思議な世界は必要でなくなってきた時代が訪れている、と踏んだ仙界の首脳達が地上にいる仙人達に撤収令を出すのだが、「少女」僕僕は王弁との触れ合いから、その人間臭さに惹かれ、帰ることを渋る。さて結末は。


8 福井晴敏  『平成関東大震災』

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 地震に遭ったらこういう風に行動しようね。を、平凡な人物を借りて等身大に、かつ、ときにコミカルにシュミレーションさせた小説。一気読みできる単行本の薄さが潔い。これもまたサクサク読めてしまう。

 ある日の営業を終えたサラリーマンが都庁ビル・エレベーター内で遭遇した大地震。そこから自宅まで歩いて帰り、被災後の生活までがつづられていくだけだが、章が終わるたびに挿まれる解説がなかなか。ぶっちゃけこういう風にしようぜ、てなある種の軽みが心地良い。小説としても、主人公にまとわりつく正体不明な20代の若サラリーマンの使われ方がよい。想定内とはいえ、その"落ち"もお見事。

 凡百の震災時・後のガイドブックより読みやすいのは皮肉なもんである。『終戦のローレライ』などの重厚で緻密な筆を得意とする筆者だけでなく、あらゆる小説家にとってこの作品は新境地の一つたりえないか。実験、あるいはいわゆる企画物の類で終わらないことを祈る。

 なお、解説を溝上恵氏に任せているのがこの小説を本物の"ガイドブック"たらしめている。


9 西川美和  『ゆれる』

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 登場人物の一人一人に語らせる手法を使っている。が、同じ人物が二度三度という風に状況に応じて交代するので、あくまでストーリーを主体にした手口であり、アイデア倒れを逃れているのはいい。同じ手法で私を不安のどん底に陥れた恩田陸の『Q&A』の完成度には遠く及ばないものの、今後にちょっと期待できそう。

 物語は、例えば黒沢明監督の映画『羅生門』と同様、真実がどこにあるのかは実はあいまいなものである、という「真実」を押さえつつ進んでいく。親子関係を縦線とした二組の兄弟(兄稔と弟猛、父とその兄)関係の愛憎模様とでもいうか。

 稔と猛二人の幼馴染である娘が吊り橋から川に落ちて死ぬのだが、ここから始まる心理描写が克明である。それぞれの兄弟関係の修復こそがこの作品のテーマなのかも。


10 堀川アサコ  『闇鏡』

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 南北朝終焉後の室町の京が舞台。検非違使庁に勤める腕っ節が強く恐もてのする役人を軸に展開するミステリー時代小説とでもいうのだろう。

 豪傑なくせに幽霊嫌い、というか臆病者の主人公龍雪がなんだかんだいいながら見事な謎解きを最後にしてみせる。

 幕府の侍所と朝廷の検非違使庁の確執などをごくたまに混ぜるなど、時代背景にさりげないスパイスを振りかけているところもよろし。

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BOOKS 2007年の収穫・上

 <BEST1~5>

1 浅田次郎  『蒼穹の昴』
  
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 清朝末期、西太后が実権を握っていた(握らざるを得なかった)宮中に上り詰めて行く幼馴染の青年と少年。かたや帝の親政を進めたい変法派と、かたや西太后をシンボルとする旧守派に分かれていく二人の運命は…。

 漢と満の流れだの、太監と官僚の関係だの、様々な切り分けを見せながら展開する清朝終焉手前の様子を浅田次郎が渾身のペンで描き切ったスペクタクルな長編時代小説である。毛色は違えど、映画『ベン・ハー』をとっさに連想させた。

 あっちこっち舞台を、それもときに時空を遡ることを含めて、ころころ変えていくものだから、あらら、と読者を道に迷わせるのが、しかし難点といえば難点かな。手紙だけで始まり、終わる章だって二つ三つ唐突に出てくるし。…ということは実は瑣末なことである。"次作"『中原の虹』にただ今突入中。


2 佐藤多佳子  『一瞬の風になれ』

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 神奈川県立春野台高校陸上部万歳。佐藤多佳子万歳。400Mリレーの真髄や魅力を爽やかな筆で描き切っている。一見へらへらしている陸上部顧問の味わいも効いているが、なんといっても神谷新二、一ノ瀬連、仙波、谷口若菜、根岸、桃内、鳥沢、守谷…、一連の高校生達ってば。

 『黄色い目の魚』に流れていた痛みほどではないにせよ、連中の醸し出す人間臭さ、青臭さがほろ苦く、甘酸っぱい。

 にしても、いいなぁ陸上競技。いいなぁ高校時代。いいなぁ佐藤多佳子。

3 小池真理子 『冬の伽藍』

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 ベタベタとは正反対な氷や雪のようなさらさら感と静謐さの支配するメロドラマ、というより恋愛小説である。というより純愛小説だ。

 展開が読めすぎるきらいはあるし、男女の結びつきこそがすべてを超越する、てな結論が、軽井沢の四季を背景に詩的に描かれていて、ちょっとこそばゆいのだが、凛とした筆の運びや3章各章で見せるくっきり異なる描写手法によって、読み出したら止まらなかった。「章」というものの意味をこれほど明確に知らせる作品を読んだことがないせいかもしれない。

 冬の浅間山をバックに雪が流れる軽井沢駅ホームを舞台にしたラスト・シーンの描写はこの作品中最も詩的である。長い長い「前戯」の末に待ちわびた「エクスタシー」の訪れを清らかで純粋な一遍の詩にしてしまった。さらにその先に続くであろう「本当の」ラスト・シーンを省くという小憎らしい手も使って。

 これまで素通りしていた小池真理子という作家にようやく目を向けた1年。『欲望』に渦巻く切ないエロスは、これは一体なんなんだ、で始まる2007年は、手当たり次第に彼女の作品に手を出させ、この作品にたどり着かせたのだった。


4 乙川優三郎  『かずら野』

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 信州は松代の貧しい足軽の娘、菊子が父親に「売られ」てから始まる彼女の人生。連れ合いは父親殺しの富治。彼に引きずられ、あちこち逃げ回る彼女の人生観がやるせない。時代は幕末へ向かう最中であったが、そんなことに彼女の人生は関係もなく、逃げ延びた地で懸命に生きる。最後のシーンに男と女の結びつきの深淵を見せつけられたような作品である。

 それにしても品があるんだよな。清々しささえ感じられるだよなこれ。なぜだろう。

5 宮部みゆき  『理由』

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 むむむ。力作というしかあるまい。インタビュー形式という手法で進む物語は、「現在→複数の過去→現在」という構成であるが、絡まり合ういくつもの縦線と横線だの、周到に用意された数々の伏線だの、こんなに出してどうする、な登場人物の数多さだの、によってとてつもない重厚さを醸し出している。それらのすべてがラストに近づくにつれ一つに収束されていく様が圧巻である。

 がしかし、裏を返せば力み過ぎのきらいはある。伝えるべきもの(テーマ)というか、核心の部分というか、の描写がこうしたノンフィクション的手法であるがゆえにあまりに弱くなってしまったとも言える。そこだけが惜しい。

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BOOKS 2006年の収穫

 <BEST5>
1 花村萬月  『二進法の犬』
2 カズオ・イシグロ 『わたしを離さないで(Never Let Me Go)』
3 浅田次郎  『シェエラザード』
4 福井晴敏  『Op. ローズダスト』
5 宮本昌孝  『風魔』

 Mangetsu_inu
一体何者なんだ花村萬月というやつぁ。

 初めて読んだのは『笑う山崎』だったはず。これはまぁまぁだった。他に比べれば、だよ。その後めくった『皆月』だの『風転』だの『渋谷ルシファー』だの『ゲルマニウムの夜』だの『ぢん・ぢん・ぢん』だの…は、なんだかなぁ。流し方がだらだらしてるんだよなぁ。どれもこれもが習作のような。か細い縦線、かすれた横線、見えない伏線。これでもか、これでもか、な暴力描写と精緻なセックス描写、を味わいたいときに読んでみよう花村萬月は。…程度な作家だったのだ。『二進法の犬』に出会うまでは。

 いきなり来た。それは。

 縦軸がぶれていない。複数の横線、伏線がくっきり引かれている。登場するのは一見腰の引けた堅気の主人公以外ほとんどすべてがヤクザである。これは、そのインテリ主人公と組長の一人娘の愛情物語といえばまぁそうだが、若頭との友情あり、父娘間の情愛あり、恥あり、倫理観あり、心の闇あり、タブーなんか知らんもんね、ないつもの突き抜けた性愛・暴力描写あり、それだけで一本の映画になっちまいそうな賭場のシーンあり、…とテンコ盛りな小説である。そのくせ散漫さとはまったく無縁だ。1000ページにおよぶ長編にもかかわらず一気に読ませてしまう。

 この小説の読後感はあれやこれや入り乱れて複雑なのだが、あえてひとつ選ぶなら、「切ない」。このことばに尽きる。この「切なさ」は、ふと白石一文作『一瞬の光』を思い出させた。『二進法の犬』の主人公鷲津と組長の娘倫子の間に生じ、紡がれ、流れてゆく空気は、『一瞬の光』の浩介と香折のそれに重なる部分があるんじゃないか。毛色は全然違うんだけどね。


 <次点>
 カズオ・イシグロ 『日の名残り(The Remains Of The Day)』
 高村 薫   『レディ・ジョーカー』
 藤崎慎吾   『ハイドゥナン』
 浅田次郎   『日輪の遺産』


 <未読・積ん読・机の上でお気の読>
 福井晴敏   『月に繭 地には果実』
 佐藤多佳子  『一瞬の風になれ』
 西川美和   『ゆれる』
 白石一文   『どれくらいの愛情』
 山本 弘   『まだ見ぬ冬の悲しみも』
 白川 道   『終着駅』
 佐々木譲   『駿女』

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