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ジョンが呼んだ

 めまいがした。歩こうとする足元やからだ全体がふらつく。

 なんだこの肌に絡みつく、まるで大浴場に入り込んだときに押し寄せてくるような熱気は。ああ、たまらない。そうなのだ。このめまいやふらつきはこの尋常でない気温の高さからきているのだ。決して昨夜そして今朝きみを抱…、うん、そのせいだけではない。ないと思う。思いたい。思おう。はは。

 空調の効いたホテルをチェックアウトする東京は午前中からひどく暑かった。大崎駅の改札口前で、私達(というか、私)は切符を買おうか買うまいか躊躇していたのだ。行先は「さいたま新都心」。発券機上の運賃図を見ると540という数字が読めた。えーと、540円の距離というか、かかる時間はどれくらいなのだ。東京暮らしから離れてもう20年以上。金額からとっさにつかめていた感覚はとうに失われている。

 行くのやめようかな。えー!せっかくここまで来たのに。だってなんか遠いじゃん。遠いったってそれほどでもないし、最初に行こうって言ったのあなたじゃない。でもふらふらするんだよ俺。(きみが朝から激しかったせいだぜ、とは勿論言わない。言えない) だいじょうぶだよ、電車の中は涼しいんだから。いや、駅ホームに辿り着くまでにきっと倒れるよ俺、だからいったん戻って涼もう、今通り抜けてきたビルの中でさ。

 こうして小一時間ロビーのソファでのびていた私達(というか、私)は、ほんのり残る甘い気だるさを背負いながらのろのろと再び出発駅に向かった。もうお昼だというのにね。山手線から京浜東北線を乗り継いで40分後、到着した駅を降りると、大きな建築物が迫り、視界を徐々に占めてくる。さいたまアリーナと呼ぶらしい。この頃になるともうすっかり回復していた私はすでにわくわくしている。昼食を適当に済ませ、足取り軽くアリーナに向かった。

 おおっ、見えたぞ。ジョンだ。私が知っているジョンの顔だ。

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 ジョン・レノン・ミュージアム。いつか来よう、来ようと思いながら先延ばしにしてきた場所のひとつである。

 不謹慎かもしれないが、凶弾に倒れてから初めてジョンのファンに私はなった。それまではポールの紡ぐメロディだけに耳や目が向いていたのだった。ジョンの生き様やスタンスに共鳴し始めたのは、繰り返すが、彼の死後である。情けなくもあり、ずるくもある。でもまあ仕方ない。しかし、それも今は昔のこと。10代は遠くなりにけり。その後、彼に共感するほどの青臭さはなくなり、感性は水気を失い、あるいはすれてきた。要は、いっぱしのオトナに成り下がっていたのだ。

 ミュージアム各展示ゾーン(部屋)で、だから私の目を引いたのはジョン直筆の歌詞やメモくらい。レストランのメニュー紙の裏とか、何かのチラシの裏などに走り書きされた例えば「Help!」、「I'm a Loser」、「Imagine」、「Starting Over」に目が釘付けにはなった。このミュージアムは10に隔てられたゾーンを巡回することになっているのだが、9つ目あたりになると、さすがに少し食傷気味。

 10番目、「ファイナル・ルーム」と名付けられた場所に足を踏み入れる。壁から天井から、ボードから椅子から、すべてが白で統一されている。まるで「Imagine」のPVを見ているかのような光景。ちょっと疲れてもいたので白い椅子に二人座った。天井に届く目の前のボードの表と裏には、そのときどきに発せられた(歌われた)ジョンのつぶやきだのメッセージだのが日本語に訳されてアトランダムに連なっている。短文の羅列である。40数例はあっただろうか。椅子にもたれながら、話しもせず、じっと眺め、その羅列を天井から床に向けてひとつずつ読んでいった。きわめてシンプルな文ばかりである。いくつかここに載せてみる。


 ぼくのマネしちゃ ダメだよ
 歩けもしないのに 走ろうとしてたんだ


 どっちを向いているか わからなけりゃ
 どっちに進んでいいか わかんないだろ


 もう ニセモノにはうんざりだ
 ぼくはホンモノがほしいんだ ホンモノだけがほしいんだ


 心を開いて 「イエス」って言ってごらん
 すべてを肯定してみると 答えがみつかるもんだよ


 誰だって 苦しんだり 怖いめにあうために 生まれてきたんじゃない
 きみは どこへでも行けるのに どうしてそんなところに とどまっているんだい?


 真実をもとめて よりよい生き方を さがしてるって?
 そんなの 自分自身をみつめることから にげるための 言いわけだろ?


 そんなにがんばらなくてもいいんだよ
 たまには息ぬきが必要さ
 人生は かけぬけるもんじゃないんだ


 彼女がいないと ぼくはダメなんだ
 水のない花のように しおれてしまうし 太陽がてらないように さびしい
 ふたりで ひとつなんだ

 ━ John Lennon


 あらら。目尻からゆっくり流れ出したぬるい水が私の「オトナ」を溶かし、隠れていた「少年」をむき出しにしてしまったよ。オトナぶってどうすんのつかけん、だったんだよ。

 ここに来てよかった。

 この最後のゾーンを出たところ、さりげなく置いてあるオノ・ヨーコの文章に目をとめる。「…ジョンの魂は一つの場所に留まっていることができません。魂が死んでしまうからです。当初5年という予定が10年の長きに及びましたが、そろそろジョンは行かなくてはなりません。今年2010年9月をもって、このミュージアムを閉館させていただきます…」。←記憶で書き不正確も、およそこんな文面

 なんだって。閉館目の前じゃないか。…そうか。私はぎりぎり間に合ったのか。虫だかなんだかが知らせたんだなきっと。早くここに来いと。いくら私の普段の行いが良いからといったって、こほん、これは幸運でも偶然でもなく、やはり必然だったんだろうな。

 大崎駅でゆだっていたあのとき、諦めなくてよかった。ありがと。きみのおかげでもある。あると思う。思うかも。思ってやろう。…思え。


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