« マイ・オムニバス VOL.29 後 | Main | マイ・オムニバス VOL.30 前 »

進めホラ吹き者

 ホラが事実を陵駕する。

とは、あれはたしか、フィクション大魔王が放ったセリフだった気がする。くっしゃみ一つで呼ばれたからにゃぁ。それがわたしのご主人さまよぉ。ふぃーっくしょん。

 ちょっと待て。開高健だったんじゃないか。いやちがう。少なくともこの私に、ホラがときに事実をありありと目の前に見せつけるマジックを持つことを教えてくれたのは高校の国語担当教師ミスターKだろう。私が国語という教科の面白さを初めて知ったのは彼の授業によってである。高校3年のことだ。

 学研の少年向け雑誌『科学』に毎月ついてくる教材のとりこだった私は自他ともに認める理系少年だった。社会はまだしも、国語だけはどうしても好きになれないまま中学を卒業し、高校に進んだ。高1の三学期に配られた「理系・文系どっちにするぅ?」調査用紙に、しかし「文系」と書いてしまったのは、単に女の子のきゃぴきゃぴの中にいたかったからというのは、まぁホラではないが、ホントは英語が好きだったんだね。

 高3に上がったとき、ミスターKは私達の前に現われ、井伏鱒二やら芥川龍之介やらの作品を通してなにかを伝えようとしたが、残念なことにそうした文豪達は少なくとも私をときめかせてはくれなかった。国語には縁の無い私がまだそこにいた。

 あるとき、教材に森鴎外の『舞姫』が選ばれた。選ばれてドイツに留学し、踊り子のエリスと恋に落ちた豊太郎。が、やがて下る豊太郎の帰国命令によってふたりは否応無く引き裂かれ…。というこの自伝的作品にも心がゆらめくことはなかったのだが、一通りの鑑賞、解釈が済んだのち、ミスターKは「異国で咲かせた恋を捨て、帰国を決心した主人公(鴎外)の心を探ってみよう」と私達に投げかけたのである。

「やっぱり"遊び"だったんじゃないの?」
「そうそう。オトコってね…」
「ちょっと待てよ。みんながみんなそうとは限らないぞ」
「やっぱ、ふるさと日本には勝てなかったんじゃないのか」
「ぼくだったらかの地に残って彼女と一緒に暮らす方を選ぶな」
「オレなら彼女を日本に連れて帰るっ」
「またまたぁ。ホントぉ?」
「ぼかぁ仕事と恋を両立させてみせる」
「ウソばっかり(笑)」
「わたしなら彼を追って日本に行くかも」
「あ、それってありそう」

こんなやりとりをしている私達のグループにミスターKは近づき、じっと聞いていたが、 やおら
「ふっ。君らはまだまだ若いな」
とにこにこしながら言い放った。これを聞いたわがグループの面々は一斉に反発し、あーだこーだ言い返す。これが楽しかった。このやりとりを通して私は自分の中に得体の知れない快感と興奮を発見していた。自分で作品の中に入り、解釈する醍醐味のようなものを知った。のちに私の書き殴った感想文をこの教師はあるときほめてくれた。生まれて一度たりともほめてもらったことがない感想文を、だ。信じられなかった。嬉しかった。

 よく言われる文学や芸術の虚構性やらデフォルメやらが事実をより事実らしく伝えるちゅう話は、実は、まだ私はよく分かっていないのかもしれない。でも、ミスターKがその入口のようなものを教えてくれたのではないか、と今思う。

 ところで、かつて理系少年だったはずが、不純な動機で文系少年に転身してしまったハイティーンのつかけんは、小数派の文系クラスにつれないわが母校のおかげで無事に大阪の予備校に合格するのであった。めでたし。めでたし。…なんて話はどこかで書いたか。

 進めよホラ吹き者。進めよマイ・オムニバスあと2つ。80年代は目の前だ。

|

« マイ・オムニバス VOL.29 後 | Main | マイ・オムニバス VOL.30 前 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/11727/10145775

Listed below are links to weblogs that reference 進めホラ吹き者:

» Google []
Google news and reviews [Read More]

Tracked on May 31, 2006 at 02:05

« マイ・オムニバス VOL.29 後 | Main | マイ・オムニバス VOL.30 前 »