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伊達藩をゆく 番外

 ごめんよ。皆を見送りぼくはもう一日ここにいる。せっかく仙台に来たんだ。まばゆくきらめく国分町の夜を楽しまずに帰れるもんか。うひうひ。…というのはまぁ当たってなくもないが、ホントはこの地で私を待つ大切な人がいるのだった。このまま帰っては、思い残すこと大ありなのだ。足は疲れている。体もくたくただ。が、それがどうだというんだ。

 仙台駅で待っててくれた彼女が見せる飛び切りの笑顔はそんな疲れを吹き飛ばして余りある。彼女は夜の仙台を私と歩く。歩く。歩く。いつまで歩く。青葉通。広瀬通。一番町通。むこうに見えるのが定禅寺通。「ごめんねあちこち歩かせて。疲れてるのに」。「いや平気だよ。へーき」。…平気じゃなかった。ようやく夕食の場所に落ちつく。向かい合って食事をし話をしていると体からいつのまにか疲れが引いていくのが分かる。ほどよい緊張を保ちながら。

 彼女が高校生のとき訪れたというロック・カフェがある。そこに場を移すことにした。ここからさほど距離もないところだそうだ。彼女は歩きながらしかしきょろきょろ。「確かこのあたりだと思うんだけど」。二人は立ち止まってしまう。さてどうする。指を差したのは私である。「あれじゃない」。「あ、ピーターパン」。何者なんだ私は。

 "ピーパン"。彼女がかつてそう呼んでいた店は小さなビルの狭い階段を上った先にあった。分厚い扉を開けると寡黙な眼鏡のマスターが迎えてくれる。カウンターの後ろの壁は無数のLPでびっしりだ。反対側の壁にはどでかいJBLのスピーカーが一枚板の左右に鎮座する。真ん中に重量アンプまで乗っている。傾いているぞ板。二人はその真下に席を取った。店内のテーブルだのボックスだのが雑然としていていい雰囲気だ。

 途中入ってきた別の客はいつのまにか帰っていった。店内は私達二人と客をほとんど放っておいてくれるマスターだけだ。最初流れていたBeckの新作CDは眼鏡のマスターによって60s後半~70s前半のソウル系やポップス系LP群に取って代わっていく。「出てこないっ。タイトルが」と連呼しながら、そのどの曲にも聴き覚えがあるというだけでなく歌詞を口ずさんでいる彼女はやはり只者ではない。

 店内に足を踏み入れたとき視界の隅に入ってたんだそのCDジャケが。それをかけてほしいと私は寡黙なマスターに頼んだ。返事の代わりに音が、艶のあるボーカルが頭上のJBLから流れ出てきた。Rufus Wainwrightの『Want Two』だ。去年の終わり頃リリースされた作品である。4曲目「Little Sister」にビートルズ時代披露してみせたポールの趣味に通ずるところがあると、一聴した彼女は言う。そう言われてみればそうだ。そうなんだ。そんな彼女とこうやって音楽を聴きたいとずっと思ってたんだ。

 とりとめもなく音楽話をはさみながら、結局二人が行きつくところは二人を含む音楽仲間達と数年前につくった熱い「場」である。少なくとも私はそうである。もう二度と蘇ることのない「場」への甘美さと懐かしさと。そんなものを心のどこかで確かめつつ、同時に断ち切ろうと思いつつ、時間は二人の前を流れていった。音楽は流れ続ける。いつまでも。


 昨夜のひとときは、あれは夢だったのかもしれない。朝の陽射しを受ける仙台の街並が動き出した新幹線の窓をゆっくり流れていく。
 さよなら。

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