« 伊達藩をゆく 4 | Main | 伊達藩をゆく 6 »

伊達藩をゆく 5

 「あれが宮城スタジアムですよ」
 視線を向けた先にきらりと光る物体が見えた。山中にちょっとそぐわない流線形。どこの自治体もその後の使い道に苦労しているんだろうが、はたしてあのサッカー・スタジアムもそうらしい。維持費だけでもばかにならないはず。んなことを忘れて目を凝らせばしかし青空に映えて美しくはある。そうか。3年前の6月、雨が降っていたのはあそこなんだ。アレックスのFKがゴール・バーを直撃した場所。川口に声をかけられたとたん市川が子供のように泣きじゃくった場所。戸田が人目をはばからず大泣きした場所。トルシエ・ジャパンが終わった場所。

 朝早くカーテンを開けたら曇り空から雪、雪、雪だった。積もりはしないが後から後から降ってくる。天気予報と違うじゃないかおい。が、宿を出る頃には一面の青空でやんの。予報通りなのだった。車の運ちゃんが「ああ、みぞれが降りましたかね」。みぞれだと。おいおいみぞれというのかあれをここでは。駿河の国の住人には想像もできない雪国感覚の奥深さの一端を、しかしこうして知るのであった。

 一行を乗せた車は輝く流線形を視界の外に追いやった後、西行の禅問答が云々という高台に停まる。松島を俯瞰したのも束の間、瑞巌寺に到着した。伊達政宗が再建したという一大禅寺だ。見事な方丈様式…と呼ぶにはちょっと引っ掛かる。武家屋敷然としているのだ。京都の相国寺や建仁寺にあるような白砂の庭がそもそもない。聞けば仙台城の予備城の役目を負ったらしい。本堂内にからくりを仕込んだのもなるほど、である。

 宝物館に入ると政宗はじめ、歴代の仙台藩主が迎えてくれた。私が注目してしまったのは彼らの容姿ではなく名前である。政宗はともかく二代目忠宗からのそれをちょっとご覧になってほしい。忠宗、綱宗、綱村、吉村、宗村、重村、斉村、周宗、斉宗、斉義、斉邦、そして幕末十三代目が慶邦。どうだろう。見事に徳川歴代将軍の名に歩調を合わせているではないか。江戸初期の姻戚関係云々を差し引いても外様であることに変わりはない。それなのに、いやそれだからこそ、か。そこに伊達家の存亡を賭けた戦略を見て取れる気がした。藩の絶対的遺訓だったのだろうきっと。それは守られた。幕府瓦解のそのときまで。300年近くも。

 瑞巌寺脇にひっそりと建つ円通院には政宗の孫の廟所がある。白馬に跨る勇ましい若武者像が残されている。三代藩主になるはずだった、若くして死んだこの孫の名を光宗という。

|

« 伊達藩をゆく 4 | Main | 伊達藩をゆく 6 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/11727/3489649

Listed below are links to weblogs that reference 伊達藩をゆく 5:

« 伊達藩をゆく 4 | Main | 伊達藩をゆく 6 »