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贅沢

 富士宮に行ってきた。イヤというほどヤキソバを食べてきた。

 華やかなラーメンの陰に隠れていてさほど賑やかではないが、ヤキソバの世界もここ10年ほどは戦国時代真っ只中といっていい。太麺で腰の強さを特徴とする「富士宮」の台頭が「固ヤキ」以来久々の新興大名として脚光を浴び勢力地図を一部塗りかえることに成功したのも束の間、今度は決して揺らぐことはないはずだと誰もが信じていた戦国の雄「ソース焼」に対する小大名「塩ヤキ」の果敢な戦いぶりに注目が集まっている。「塩ヤキ」はヤキソバのみならず焼肉のタレとの両面作戦に打って出るなどその戦略は侮れず、いずれ一大大名にのし上がることは間違いない。なお、密かに応援していた「醤油ヤキ」は桶狭間で敗れて以来衰退の道を辿っていると聞く。

 その昔、贅沢ということばを辞書で調べれば「デパートの食堂で食事をする様」だとそこに記されていると疑いもなく信じていた幼い少年にとって、駅ビル最上階のレストランで「固い」ヤキソバを食べるという行為は贅沢以外のなにものでもなかった。たびたび襲ってくる原因不明の頭痛に悩まされていた少年を連れて県庁のある大きな町の大病院までバスや電車を乗り継ぎ毎月通う母親は、様々な検査器具を頭や体のあちこちにつけられる息子を不憫に思ったか、昼の食事を必ずターミナル駅ビルのレストランにしてくれた。診察や検査だけが目的という病院通いの少年の憂鬱はここでの昼食がすべてチャラにしたのだった。今ならどんな小学生だろうが決して見向きもしない旗を立てたチキンライスとかスパゲティ・ナポリタンとか鳴戸入りラーメンとか。どれもこれもがご馳走だった。贅沢だった。

 ある日、耳慣れない「固」という形容に好奇心をくすぐられ注文して食べたそのヤキソバはおよそ少年や母親の知るヤキソバではなかった。ぱりぱりした麺の歯触りに絡む芳醇な具とタレのとろりとした感触は少年をとりこにした。こんな美味いものがあるんだな。その後現在に至るまでこの味を超える固ヤキソバには結局二度と出会うことがない。あのときあのデパートの食堂で食べたパリパリでとろとろなヤキソバの贅沢。これを上回ることはついになかったのだ。いや、本当はヤキソバではないんじゃないか。なにより母親を独り占めしていたという贅沢を、なんじゃないか。

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