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マイ・オムニバス VOL.16 後

【オリジナルを凌駕したカバー】 74年 6/11

10 青春の旅路 / アート・ガーファンクル
11 恋のハートビート / デフランコ・ファミリー
12 悲しみのロマンス / ミシェル・ポルナレフ
13 歌に託して / ジム・クロウチ
14 朝日の当たる家 / ジョーディー
15 ハーレム・スカーレム / フォーカス
16 アナザー・パーク / ドゥービー・ブラザーズ
17 バンド・オン・ザ・ラン / ポール・マッカートニー&ウィングス
18 恋のウォータールー / ビョルン&ベニー (アバ)

 72年リリースの「木枯らしの少女」がつまらなく見える。あれはなんだったんだろうと思わせるだけの変身を遂げたことは間違いないこの「恋のウォータールー」でビョルン&ベニーは。殻を二つも三つも破ったのはこの曲からだ。今ではもう完全に4人名義だといって差し支えないこの曲からだアバの快進撃が始まったのは。一体何だ。何が彼らにここまで突き抜けさせたんだ。

 ヨーデル聴かせてそんなに楽しいか。「悪魔の呪文」がどうしても好きになれない私にとって、フォーカスのシングルといったら一に「シルヴィア」、二、三がなくて四に「ハーレム・スカーレム」。そういうことになっているのだ昔から。「ハーレム~」の良さはシングル然としていないその佇まいにある。シングル然としていないとはいえ、低い重心から度々繰り出されるシンプルなテーマに私の腰は揺さぶられ、その構成や展開に妙なスリルを味わわされ高揚させられてしまう。ハードな肌触りの向こうにある種の気品が透けて見えるのもいい。フォーカスならでは。今思えば後のいわゆるフュージョン路線はこのときすでに芽吹いていた。

 カバーはオリジナルを越えられない。本当か。
 「We're All Alone」、「Close To You」、「Georgia On My Mind」、「Summertime Blues」、邦楽なら「心の旅」、「亜麻色の髪の乙女」などなど。いわゆるカバー曲として世に再び送り出される楽曲は枚挙に暇がない。が、だれにどういじられようが解釈されようがその核を揺るがすことはまずない。オリジナルの良さを再認識させるだけで終わるのだ結局のところ。本当か。
 ウソだ。例外がある。原曲がだれのものになるのか知らないが、アニマルズで名を成した「朝日の当たる家」。このアニマルズ・バージョンを蹴散らしてしまったバンドがある。「君にすべてを」に繰り返される合いの手で少年つかけんの不興を買ったはずのジョーディーである。彼らジョーディーはアニマルズを蹴飛ばし「朝日の当たる家」の核をえぐり出すためだけにこの世に現れたといっていい。重厚なバックコーラスによって幕を開けられ、なおかつ支えられて喉を振り絞りシャウトするブライアン・ジョンソンには、ほら、何かがとり憑いている。泣いてるのか叫んでいるのかよく分からないリードギターには、ほら、何かが乗り移っている。「朝日の当たる家」の正体を白日の元にさらした後、ジョーディーはこの世から消えていった。運悪く?一人AC/DCに引き抜かれたブライアンはその後何かに"とり憑"かれることはもはやなかった。ごくありきたりなボーカリストになってしまった。

Geordie


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