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マイ・オムニバス VOL.15 前

【旅立つのか自由の女神】 74年 3/11

01 君にすべてを / ジョーディー
02 悲しき恋占い / シェール
03 アブラカダブラ / デフランコ・ファミリー
04 アメリカの歌 / ポール・サイモン
05 ジェット / ポール・マッカートニー&ウィングス
06 愛のテーマ / バリー・ホワイト&ラブ・アンリミテッド・オーケストラ
07 タイム・イン・ア・ボトル / ジム・クロウチ
08 ティーンエイジ・ドリーム / マーク・ボラン&T・レックス
09 イマジネイション / グラディス・ナイト&ピップス
10 そよ風のバラード / テリー・ジャックス

 その凄まじい低音で聴き手の腰を砕くバリー・ホワイトのボーカルはここにはない。取り巻きレディ達のキュート&セクシーなバックボーカルもここには絡まない。バリーが仕上げた「愛のテーマ」インスト・バージョンはいわゆるフィラデルフィア産ソウルが極めたひとつの頂上である。100年や200年そこらで朽ちることはないだろう。この高揚感。この構成美。弦楽器に乗せて運ばれてゆく甘く切ない旋律。離陸し水平飛行に移ってゆくジャンボジェット機のようだ…というのは航空会社のCMに使われた刷り込みのせいだきっと。そういえばデオダートの「ラプソディ・イン・ブルー」も使われたな確か。

 合いの手"ヘイ!ヘイ!ヘイ!"が飛び込んできたとたん、おいこらなめとんのかおいらの大切なT.レックスをよぉ。「イージー・アクション」をよぉ。などと毒づきつつ、気がつきゃ口ずさんでいたのが「君にすべてを」である。くしょぉ。それにしたってこの曲だけだったら忘れていたぞこの野郎。彼らジョーディーの名は次のシングル「朝日の当たる家」で深く刻まれてしまうことになる。なめてたのはおいらの方だった。

 不思議な曲である。イントロの浮遊感や転調、つぶやくようなボーカルは60s末期の例えばドノヴァンを連想させるも、主題は色鮮やかなごく普通のポップスである。消費されてゆくのがポップスの宿命だとするなら、この「そよ風のバラード」にはその宿命を拒むナニモノカが溶け込んでいたのだ、と今思わせるだけの普遍が見て取れる。なんだそのマジックは。

 「夢」というものに対する個人的な絶望感で静かに幕を開ける詩を追っていくと次に友人達が登場し、これも信じるに足りないという虚無感で説明されている。夢は夢ではなく、不確実なものであるとでもいうような。一体なんだこの後ろ向きさは。だいいちどこが「アメリカの歌」なんだこれの。どこにもアメリカなぞ出てこないじゃないかとぶつぶつやってると突然現れるのだ次のフレーズが。

 And high above my eyes could clearly see
 The Statue of Liberty
 Sailing away to sea

自由の女神が象徴しているのはアメリカン・スピリッツか。アメリカン・ドリームか。アメリカ人を見捨てるかのように女神が旅立つというのはなんの隠喩なのだ。ドリームに浮かれつづけるアメリカに対するなにかの含みなのか。もしや30年後の未来にも通用する警告だったのか。「明日は仕事があるからもうこの辺でおやすみなさい」ちゅうフレーズで再び個人に戻りこの歌を〆るポール・サイモンはどんな思いで見ていたのだろう3年前のニューヨークを。どんな思いで見ているのだろう今の西アジアを。

Paulsimon_rhymin


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