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暑中お見舞い

 なにしろ暑い日中である。

 抜けるような青空は360度に広がり、熱線は容赦なくすべてに降り注いでいる。通りを往く人の姿はまばらだし、公園や神社はと見れば、耳タコとなった蝉のてんでばらばらな独唱と風にそよぐ木々の葉のこすれる音が聞こえてくるほかはひっそりとしている。いつもならわぁわぁ騒ぐ近所の子供らの姿なぞこれっぽっちも見当たらない。おいおい、家ん中で転がってんじゃねえよ。子供なら蝉採りに出て来るくらいの元気見せろよばかもの。転がってたいのはこっちの方じゃい。

 なんでこんな中、さっきから私は自転車をこがなければならないのだ。頭のてっぺんから噴き出す汗が耳の後ろを伝うのが分かる。背中は背中でぐっしょり濡れている。心なしかめまいがするのは、さっき擦れ違ったミニスカートおねいさんのすらりと伸びた脚のせいだけではないだろう。

 朝7時から始まった町内の地蔵祭は、祭り担当のわが七組衆と、どこから現れたか、手に鈴を持つシワだらけのばあさん連中、それに坊主一人によって先ほどひとまず終了した。んが、これで家に戻れるほど甘くはなかった。組女衆のこしらえた団子を町内一軒一軒回って届けなければならない。私の自転車のカゴには割り当てられたおよそ20軒分の団子が紙に包まれてゆさゆさ揺れている。くそぉ、なんでじりじり照りつけるこんな日中に走らねばならぬ。

 暑い中ご苦労様ですなぁ。玄関に現れる家の主のセリフは大方こんなもんだ。その通りだ。暑いのだ。ご苦労様ですなぁ、と言う前に麦茶の一杯も出してみたらどうだ。まぁこんなのはまだいい。怪訝そうな表情で現われ、はぁ、と一言ぬかして、どうも、で終わる家。なにがはぁだ。回覧板見てないのか。だいたい客人に対して、はぁはないだろ。はぁは。こういう家にはたいていの場合、玄関先にわんわん吠える犬がいる。おいこら。セールスと客人の区別もつかないのかアホ犬。地蔵団子をわざわざ届けに参上したんだ。尻尾を振って愛想を振りまくのがスジってもんだろうが。

 なにしろ暑い日中である。団子配りを終了させた私が一目散に自宅に戻ったのは言うまでもない。身につけていたものをすべて脱ぎ捨て、噴き出す汗を拭うのももどかしく、南蛮渡来風の緑色な厚手のグラスに氷をからからぶち込み、琥珀色な梅の甘露に浮かべたら、それを持ってうちわ片手に二階窓際へレッツゴーだ。うーむ、なんだか下半身が頼りないな。パンツの一つくらい履けってか。

 窓際にもたれかかりながらグラスを満たす琥珀色を眺めていると、隣宅のいつもの部屋からピアノの調べが流れてくる。今日は仕事休みなのかなお嬢さん。そういえば彼女も近頃めっきりいい女になった。レディの休日はときおり彼女自身の弾くピアノの音に彩られるのだが、今日の調べは違う。しばらくして坂本龍一か誰かのCDのそれだとわかった。ふん、気に入らないな。私が好きなのは君が弾く生ピアノの涼やかな響きなのだ。なに。今日はCDがいいんだと。ちぇっ。それにしたって今かけてるのはやめたほうがいい。私が持ってるこの村松健の方がずっといい。彼は例えば坂本龍一なんかと違って80年代前半から一貫して聴き手の想像を膨らませる世界をピアノ1本だけでこしらえ続けているのだ。他のジャンルに手を染めずにだ。なんという潔さだ。にわか坂本龍一君とは潔さが違うのだ。手始めにこの『夏のぽけっとに』を聴いてごらんよ。

 などと、二階の窓から、それも丸裸同然な格好のままへらへらと言える訳がないのだった。なんたって相手はレディなのだ。そうなのだ。私のさわやかじぇんとるまん路線は断じて維持しなければならない。なにしろ暑い日中である。

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