« マイ・オムニバス VOL.5 | Main | マイ・オムニバス VOL.6 »

大地讃頌

 久しぶりの雨が朝から降っている。ふと壁のカレンダーを見た。2枚目をびりびり破る日もそう先じゃない。いつものことだが、ぼけっとしている間にも時間はすすすと走っている。そういえば寒さがほんのり和らいでもいる。三寒四温は二寒五温へと移りけり。なんちて。次の季節のページはどこでめくる。表面を割って顔を出す準備をもぞもぞやっている連中。の息遣いがする固い土の下、樹皮の下か。新しい命が芽吹く季節は近い。出会いは訪れる。それは、しかし、別れを迎えることでもある。日本の春はこの胸キュンを私達に繰り返させてきた。

 いつだったか、ひょんなことから、中学校の卒業式というものに立ち会ったことがある。一人一人が名前を呼ばれて壇上に上がりぺこりと頭を下げるあれだ。場を包む厳粛さにほんのり頬をこわばらせながらもどこかしら誇らしげな子供達の顔や動きを見ていると、なんだか私まで緊張する。まるで自分が壇上で卒業証書を受け取ってる気になるから不思議だ。どこかで誰かがした咳払いが広い体育館に響く。こういう雰囲気って昔から全然変わってないのか。懐かさと同時になんだかほっとさせられる。

 送辞。答辞。式はつつがなく進み、これで退場か、と思ったら違った。総勢300人近い生徒達が座っていた椅子から一斉に立ち上がり、蟻の行進よろしく正面のステージに進み、それを片づけ、隅に置いてあった木製の大きな台を次々に並べだした。だれ一人喋る者がなく、整然と作業は行われ、あっという間に見事なヒナ壇が完成した。と思う間もなくその300人は壇上に整列してこちらを向いたのである。この間5分くらいだったろうか。もちろん練習したに違いないだろうけど、鮮やかだ。見事だ。やがてピアノの伴奏が始まり、彼らの顔が一層引き締まる。真剣そのものの目、目。300人の肩が一斉に持ち上がり、大きく吸いこまれた息が吐き出されようとしていた。歌が始まった。静かに、ゆっくり、どっしり、やがて大きく高らかに響き渡る300人の合唱は四つのパートに分かれつつ、互いに競り合い、絡み合い、最後には一体となって私の体を容赦なく揺さぶった。気がつきゃ鼻がつーんとしてくる。彼らの姿がにじんで見える。込み上げてくる感情をコントロールすることができない。なんだこいつら。っと、舞台で歌ってる顔もくしゃくしゃじゃないか。ときおり下を向く顔がいくつもいくつも見える。それを上げて再び歌い出す顔、顔。

 巧いとか下手とかテクニック云々とか、そんなものを越えて、人をこうも揺さぶる歌。「大地讃頌」という名の歌。その場に居合わせたすべての者が共有した一瞬。たとえプロの合唱団で歌われようが、ここで聴いた"一瞬"に勝るそれのあろうはずがない。ばかやろう。久しぶりに白昼堂々と俺の涙腺全開させやがって。溢れ出るなら溢れ出ていろ。

 が、退場して小1時間もすると、わいのわいの、きゃぴきゃぴ、けらけら、写真パチパチがグランド一杯にあふれている。こりゃやっぱり今の子供だ。別れてもまたすぐ会えるよね。なんて声が聞こえてきそうだ。仲間同士、二度と会えなくなる経験、本当の別れ、はもう少し先のことかな。

 まもなく3枚目のカレンダーとご対面だ。今年もまた別れの季節を否応なく迎える。来るなら来い。

|

« マイ・オムニバス VOL.5 | Main | マイ・オムニバス VOL.6 »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)


Comments are moderated, and will not appear on this weblog until the author has approved them.



TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/11727/222887

Listed below are links to weblogs that reference 大地讃頌:

« マイ・オムニバス VOL.5 | Main | マイ・オムニバス VOL.6 »