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冬のオリンピックにまつわるエトセトラ

 今年2004年の話題を挙げろと問われれば、アテネで開かれるスポーツの国際的な祭典もまぁそのひとつかな。楽しみにしていない訳ではないのだが、冬のそれに比べるとなぁ。今一つなぁ。

 夏のオリンピックは華やかだ。色とりどりだ。なんでもありだ。大相撲だってあるかもしれない。綱引きの復活を願う。野球をなくすな。

 しかしだ。競技種目の百花繚乱は集中力を削ぐものだ。冬を見ろ。どんなに知恵を絞ろうとその数はたかが知れている。なにせ相手は雪と氷だけなのだ。潔さが違うのだ。んな訳で、雪が踏まれ、蹴散らされ、粉と舞う山々や大地にこそ、そして鋭い直線と滑らかな曲線に削られる氷が一瞬の衝撃のすぐ後にはもう何事もなかったかのようにきらめく真っ平な楕円形にこそ、私の熱い視線は注がれるのである。さあ、トリノはいつなんだ。まさか2年後じゃないだろな。

 かつて鼻垂れ小僧の目に焼き付けられた「札幌」は、「日の丸飛行隊」でもなくジャネット・リンの笑顔とすってんころりんでもない。それは、ほとんどの各国選手団がその競技を終了させていた閉会式前後の選手村での1シーンだ。日本語なぞ喋れるはずもない彼ら、彼女たちによって、各々手にしたローマ字かなんかのふられたであろう歌詞カードを見ながら歌われる「虹と雪のバラード」である。トワ・エ・モアが歌うそれも素敵だったが、知らない者同士が異国の地でたどたどしく歌うそれは少年の胸にもっと響いた。

 選手として私の胸をきゅいんとさせたのは誰がなんと言おうと伊藤みどりである。カルガリーにくるくる舞うガッツポーズとスマイルが。アルベールヴィルに伝わる緊張感と、土壇場での一瞬の勇気と決断と"その"直後の笑顔が。ううう。す、好きだよっ、あのときのみどりちゃ~ん。

 その伊藤みどりが観客席に座り、下を向いて記事か何かを書いていた「長野」。君のいない氷上はさみしい。君につづく存在が日本はおろか、どの国にもいないのが残念だったし。でもね、ここにきてようやく現れたのだ。安藤美姫というんだ。荒削りだけどいいんだ。

 ところでジャンプ陣のニューウェーブはどうした。耳について離れない原田の「ふ、ふなきぃ…」の鮮烈さで終わってしまうのか。そんなのヤだぞ。スピードスケートもそうだ。ロケット小僧清水のストイックさにも限りがあるというものだ。ノルディック複合も心配だ。がむしゃらに走りつづけ、ゴール後、雪上に倒れてぜぇぜぇあえいでた荻原のバトンは誰が受け取るというのだ。「ソルトレーク」は、だから何ひとつ印象に残るものがなかったじゃないか。

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