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ロギンス&メッシーナ

 世にいろんなデュオあれど、これほど私を魅了する二人組はざらにいない。
それがKenny Loggins & Jim Messinaである。

 彼らのソロ作にがっくりきた80年代。ケニー・ロギンスのそれがかなり売れたことは記憶にまだ残る。映画のサントラにもメインに使われたりした。んが、どれひとつとして"デュオ"を越えていない。それは寡作?かつ売れなかったであろうジム・メッシーナのソロにもほぼ当てはまる。Simon & Garfunkelが二つの支流に分かれてもそれらが流れる別々の大地を新しい緑に染め上げていったのとは対照的だ。

 ロギンスとメッシーナは二人揃ってこそ他のどのデュオにも表現できない世界を目の前に広げてくれたのでは、と思う。

 Nitty Gritty Dirt Bandはともかく、Buffalo SpringfieldやPocoを私はあまり聴いてこなかった。せいぜい前者なら『~ Again』だけだし、後者なら『シマロンの薔薇』だけ。どちらも印象にほとんど残ってないし、だからといって聴き返す気にもなれない。ロギンス&メッシーナという樹木の太い根っこくらいにはなっているのだろうが。

 地上に伸びたL&Mという幹や枝がつける葉や果実は奇をてらったモノがほとんど無い。覚えやすく、懐かしさに溢れる色艶、香り、味ばかり。良質な旋律を浮かび上がらせるミディアムレアなアレンジ。脂肪分の少ないバランスのとれた演奏。ツボを外さないその腕前。心浮き立たせることも黙らせることも自由自在。それが彼らの初期(『Full Sail』あたりまで)のカラーだったようだ。これだけでも十分魅力的だが、私がこのデュオを好きなのはそれだけで終わらない音楽への誠実で貪欲な彼らの姿勢にある。

 二人は実は1st『Sittin' In』ですでにポップスやロックが表現できる限界点を目指していたのではないか。一見カントリー風ロック、一見爽やかな青年風情を振りまきながら、サウンドプロダクションに貪欲だったのでは? それは後期作品『Mother Lode』と『Native Sons』でようやく"表"に出てきたけど、デビューの頃から国境もジャンルもとっぱらった音楽に向かって着々と歩きつづけていたのは間違いない。根っこはアメリカ南部に置きながらも、カリブ海を泳ぎ中南米をカスりながら大西洋を越えてアフリカを走り、南欧からエーゲ海で一休み。と思ったらアジアにも片手で軽く触れてたりする。一方いわゆるロックンロール、カントリー、ブルーグラス、トラッドフォーク、ジャズ、ソウル、ファンク、産声を上げたかどうかのフュージョン。巷で呼ばれている様々なジャンルをあちらこちらに散りばめながら、もうこれ以上進めないほどのポップスの限界点にまで行き着いてしまった感がある。

 "末期"の音は正直言って私の好みではなくなってしまったものの、あの爽やかなデュオがここまで音楽を掘り下げたスタンスに一種の革新性を見る思いだ。その意味で彼らは"ロック"ミュージシャンズだった。The BeatlesやらPink FloydやらSteely DanやらThe EaglesやらThe PoliceやらPrinceやら。そんな連中たちの辿った歩みに重なっている。

 70年代の洋楽を代表するデュオをたった一つ挙げよ、ともしも問われたなら、迷わずこいつらを選んでしまえ。

 『Sittin' In』  72
 『Loggins & Messina』  72
 『Full Sail』  73
 『On Stage』  74
 『Mother Lode』  74
 『So Fine』  75
 『Native Sons』  76
 『The Best of Friends』  76
 『Finale』  77

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