あれから(っていつから)ポリスを聴き返している。もう10何年振りになるくらい久しぶりだ。スティングやコープランドのソロにもそろそろいこかな。サマーズにはいかないけど。
今回はかつて私を虜にした彼らの初期の作品について二言三言。

『アウトランドス・ダムール』 1978年
私が洋楽から距離を置き、にっぽんのミュージシャン達に浮気していた頃、ポリスという名はもう買うこともなくなっていたミュージック・ライフ誌等のグラビアを飾る三人組のそれであり、音を聴きもせず、ミーちゃんハーちゃん、あるいはお子様御用達だと私にくくられるバンドのそれにすぎなかった。「Can't Stand Losing You」も「Roxanne」も「Born In the 50s」も私に届くことがなく、次のアルバム『Reggatta De Blanc』も私の知らないところできっと鳴ってはいたのだろう。今思えば。…私は何をしていたのだろう。
ようやく彼らの音や姿を見聞きすることになったのは単なる偶然だ。おそらく当時来日中だったんじゃないか。それはたまたまチャンネルを合わせたNHKの「レッツ・ゴー・ヤング」かもしれないし、民放の「夜のヒット・スタジオ」だったかもしれない。音や映像の悪さは5千円もしない中古のテレビということで仕方のないこととはいえ、にっぽんのアイドル連中を脇に置きながら響かせるスティングの甲高い声"ドゥードゥードゥー、デダァーダァーダァ"が、けっ、なんだこいつら。やっぱり見るんじゃなかった。と私に思わせたことは確かである。…私は何を見ていたのだろう。
それから4年後、1stアルバム『アウトランドス~』の大津波が私を襲うことになる。いきなりだ。まるでチリ地震である。慌てふためく私をよそに、彼らはすでにラスト・アルバム『Synchronicity』の準備に入っているではないか。ちょ、ちょっと待てくれい。

『白いレガッタ(Reggatta De Blanc)』 1979年
「チリ地震」だった1stの衝撃から一月も経たないうちに手に入れた2ndである。骨の髄までしゃぶり、舐め尽くした血を滴らせる口が新たな肉にかぶりつくのは必定といえよう。私は獣であった。なまけものではないぞ。け・も・の。さあ、こちらの味はどんなもんじゃい。
初っ端「Message In A Bottle」は売れ線狙いや軽みがちょっと気に入らないものの、1stアルバムの飛び跳ねる様は継続されていて、まあ許せる。
嵐は2つ目の曲中に吹き荒れていた。タイトルナンバー「Reggatta De Blanc」。出だしはいつもの軽いレゲエのリフで始まり少し不安、も束の間、じわんじわん激しくなっていく3人のコンビネーション。絡み。うねり。頃合を見計るように飛び出す唸り声「いおーーいえーーいえーーよっ」。いつしかそれが「いぇいぇいぇいぇい……」に変わったかと思ったら後はもう彼らの艶かしくも激しいビートとリズムに身を沈めるのみ。もはや逃れられない。スチュワート・コープランドが繰り出す阿修羅なドラムス・ワークにハマり、恍惚状態だ。お経のようにずーっとこのまま続いて欲しい。が、フェイドアウト。ちぇ。ちぇ。で、3曲目はシンプルなのだが激しいのがよろしい。許す。アンディ・サマーズがかき鳴らすギターの間奏はちょっと70年代しててもっと聴きたい、と思ったら、これも途中で止めやがんの。なんなんだおまいら。生殺しってか。
彼らの音はどれもがテンション高く、なかなか気を抜けない。感覚はいつしか麻痺してくる。そこに登場する4曲目は、はたして高ぶった神経をほぐしてくれるのだ。なんだこのギャップ。なんだこのタイミング。まったく小憎らしい。ところで、この曲タイトル「Bring On The Night」は後にスティングがソロ・アルバムに使うことになるくらいだから、彼のお気に入りでもあるのだろう。
「Walking On The Moon」からがB面だったかな。LPレコードをひっくり返すという行為の"ちょいと一服"感は捨てがたかったね。さて、この曲は仮にボーカル無しだったとしても、なんだかタイトル通りの気分にさせてくれる不思議な一品だ。軽い浮遊感とでもいうか。絵を描いてる感覚に近い。で、7曲目のボーカルはサマーズかいな。コープランドかいな。どうでもいいか。私はこういう曲のこういうビートがたまらなく好きなのだ。
趣向を変えた10曲目「Does Everyone Stare」の趣味は誰のだろ。これはいい味出してる。なんてのほほんとしてたらラストの「No Time This Time」に突入だ。やたっ。これぞ1stアルバムの乗り。チープだけど、どの音やボーカルも団子になってぐんぐん迫り、ぼこぼこぶつかってくる。で、あっという間に終わり。
ポリスはこうして次々に後追いを続けながら、結局1stと2ndを越える作品にはお目にかかれなかったと、30年経った今でも思う。
兎にも角にも、初期のはちゃめちゃに魚が飛び跳ねる様がポリスには絶対似合う。リアルタイムで聴いた『Synchronicity』は完成度の高さを認めながらも未だに馴染めないでいる。多分もう聴くことはないだろなこれ。
それにしてもだ。どうしてもっとシンプルに書けない。音楽のことだけで正面切って書こうとするとたいてい私はこうなる。散漫でぐちゃぐちゃでだらだらな文章。ああ、やだやだ。が、こんなみっともないものを捨てるだけの恥じらいこそ、私はとっくに捨て去っているのである。むはは。んじゃアップする。許せ。
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